加納晃の雑記ブログ

日々、気まぐれに言いたい放題、書いている雑記ブログです。

百田尚樹氏「憲法第9条に殺される日本人」の章から

暫く、ブログ書く手が止まっていました。楽しみにしてくださっていた皆さんすみません。それともう一つ誤った情報をtwitterで発信したことにお詫びいたします。それは、「和田アキ子さん死亡」の誤報を真に受けて配信した事です。申し訳ありませんでした。

今日は、百田尚樹先生の百田尚樹日本国憲法から深く印象に残ったところを書いてみます。日本人として平らかな日常に暮らす一市井の凡人からすると、心がかき乱されるところを素直に触れていきます。

本文より

矛盾と問題だらけの第九条 ・日本国憲法を今すぐに改正しなければならない最大の理由は、第九条の存在にあります。この条文があることによって、私たちの生命は脅かされていると言っても過言ではありません。本章では、その理由を語っていきます。 第九条には1項と2項があり、次のように書かれています。

第九条
第一項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 第二項は、乱暴な言い方をすれば、「私たちは戦わない」と宣言しているわけで、他国に侵略されても対抗できません。
 日本の憲法学者たちは、第九条で「戦争の放棄」を謳っても、「自衛権はあるから自衛のための戦いなら許される」との解釈をしています。しかし、日本国憲法には「自衛のための戦いなら許される」とはどこにも書いていません。また、「自衛は自然権だ」と主張する人もいますが、「国の交戦権は、これを認めない」と書いてあるのだから、明らかに矛盾します。矛盾するなら、それを解消するための文章が必要ですが、憲法のどこにもそんな文章はありません。

 敗戦利得者となった東大総長南原繁ソ連中共よりの学者達(共産党かぶれ)は、屁理屈をこねてGHQ憲法を有り難がる癖が今だに抜け切れていない!
自衛権がるのであれば憲法の「国の交戦権は、これを認めない」などありえない。

 侵略戦争は他国の憲法でも否定されていますが、「国際紛争を解決する手段としては、 永久にこれを放棄する」の部分に、この憲法を作ったアメリカの強い意志を感じます。まるで、日本に「未来永劫、アメリカ様には歯向かいません」と言わせているようです。
また、第一項で武力の放棄を宣言しているのだから、二項にある〈陸海空軍その他の戦力 は、これを保持しない〉は当然ですし、国の交戦権は、これを認めない〉も言わずもがなのこと。作家の私に言わせれば、文章の重複です。「日本はアメリカ様には歯向かいま新せん。逆らいません。楯突きません」と何度も言わせているようで、実にしつこく感じます。そこには、連合国軍最高司令官マッカーサーの強い意向があります。マッカーサーの指令を受けて草案を作ったGHQ民政局のメンバーも、「戦争の放棄」を宣言する条文は入れるべきではないと感じていたそうです。

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しかし、民政局の局長コートニー・ホイットニ ー准将が「マッカーサー元帥の強い意志である」と強引に推し進めました。 日本は、大東亜戦争で死力を尽くして戦いました。

 開戦当初、ちっぽけな島国である日本を舐めていたアメリカにすれば、驚きと恐怖の連続だったでしょう。アメリカは、GDPが五分の一ほどの日本と三年八ヶ月にわたって戦い、十六万人のアメリカ人兵士が命を落としました。民間人を大量に殺傷する目的で都市爆撃を行ない、原爆を二度までも投下したのは、アメリカがいかに日本を恐れていたかという証拠でもあります。アメリカ極東陸軍の司令官だったマッカーサーは、日本軍に散々煮え湯を飲まされました ( フィリピンの基地から命からがら逃げた ) 。また、当時の有色人種に対する差別意識は今とは比べものになりません。「自由の国」と豪語するアメリカでも、黒人に選挙権はなかったのです。それだけに、痛い目に遭わされた日本人に対する憎しみと報復意識は並々ならぬものがあったことでしょう。
 私は第九条を読むと、そこに「イエローモンキーが二度と白人様に逆らえないようにしてやる」という強い意志を感じます。
 しかし私は、今さらそれを断罪する気はありません。というのも、当時、世界はこれまで人類が経験したことのない大戦争 ( 第一次世界大戦と比べても規模がまるで違う ) を数年にわたって続けてきたのです。その結果、夥しい人が亡くなりました。戦争が激しい憎悪を生むことは仕方がないことです。

  日本国憲法が公布されたのは、そんな大戦争が終わってたった一年しか経っていない時です。混乱と憎しみの極みのなか、マッカーサーも民政局のメンバーも、平和な時代ではありえなかった思考と判断力で動いていたとしても責める気にはなれません。私は、第九 条は混乱と憎しみの時代が生んだ条文だと考えています。

と結んでいます。

 日本国憲法の改正もしくは改憲が必要です。2600年に及ぶ皇統の歴史を踏まえた日本の歴史に根差す価値観彷彿とする日本人の手によって作られたと言える憲法が必要です。