加納晃ブログ

企業やメディアの真実隠しは国民の判断を誤らせます。これに無関心でいると日本は現在の欧米のように混乱の社会に突入します。善良なる国民であれば、もうこれ以上無関心を装うことはできません。

生活扶助も受けられない高齢者

ところが、住所地がなくなってしまったため、

生活保護が打ち切られたのです。重病を患い、

収入の当てもない人も保護しない制度! このような制度上の盲点を

Cさんが知っていれば、役所に対して代替住宅を用意してもらう

こともできたはずです。
 
 このことを逆手にとって、生活保護を受給させるために、

悲惨な住居に高齢者を閉じ込め、貧困ビジネス

社会批判を受けた事件がありました。

 ある地域であった事件で、ホームレスの人を集めて、

アパートの一部屋に何人も詰め込む。

住む場所がなかった人に住所地ができるので生活保護

受給中講をさせて、そのなかから1万5000円程を生活費として

本人に渡し、あとは全部搾取していたというものでした。


 生活扶助制度の問題点

 日本の社会福祉制度は「ゆりかごから墓場まで」と


いわれていますが、じつはまったく完結されていません。

なかでも生活扶助制度は生活をしていくために最低限必要な

お金を、自治体と固から捻出しているという、

単なるセーフティーネット(最低限度の生活を保障する社会保障)です。


世帯分離をいていたり、身寄りが居なかったり、

もしくは家族と疎遠状態であったりすんあいる人は

扶助の対象となりますが、なにかの理由で家族がかかわれば、

ただちに扶助は打ち切られます。

これは、家族間の疎遠を助長している制度と

見ることができるでしょう。

 場合によって、医療費の扶助さえ受けられれば、

疎遠な状態を解消するように努力してかかわりをもっていきたいと

考える親族もいるかもしれません。住居扶助さえ受けられるのであれば、

死亡後の葬式は出してあげたいと考える家族もいるはずです。

 柔軟に家族の支援と扶助の両輪を認めれば、行政の負担は減っていくはずです。

ところが、扶助制度は硬直化しており、家族のかかわりはゼロか、

100のいずれかしか選択肢がありません。

当然、100であれば生活保護は受給できません。

また、生活保護受給者が山間僻地に住んでいて、

病院へ通う交通機関が路線バスの朝夕4本しかないような場合でも

軽自動車(中古車)の保有も認めないのです。これは当事者

にとつてはたいへん酷な話です。

寒い冬に通院するにしてもバス停まで叩分歩き、

病院の診察が終わっても夕方のバスの時間まで

何時間もバス停で待っているしかない。

生活保護受給者が入院したときに、季節の衣類や

下着の着替えなどを、誰が病院へ届けてくれているのでしょうか。

                  
                   =次に続く=